カプセル建築の系譜

1969 カプセル宣言

1969 カプセル宣言

黒川紀章は大阪万博のパビリオン3作品を設計する最中に、書籍『ホモ・モーベンス―都市と人間の未来』(1969年、中央公論社)を上梓し、全8条からなる「カプセル宣言」を掲載した。

『ホモ・モーベンス―都市と人間の未来』(1969年、中央公論社)

内5条までは、『黒川紀章の作品』 (1970年、美術出版社)の付録のソノシート「MUSIC FOR LIVING SPACE」にまるで宇宙人のような声で収められた。作曲家の一柳慧が京都大学電子工学部の当時最先端のコンピュータを用いて黒川の合成音声を作り上げた。
『黒川紀章の世界』1975年、美術出版社。 1960年代から75年までの作品と論文を収録。 『黒川紀章の作品』付録のソノシート「MUSIC FOR LIVING SPACE」

カプセル建築とは、この「カプセル宣言」に基づいた建築を示す。ホモ・モーベンスに関する思想的構想と、プレファブリケーションを取り入れる技術的構想がまとめられた。プレファブ技術を建築に取り入れると、建築は分解型の部品となって生産コストが減り、さらに多様性が生まれると考察している。プレファブ技術については、先に『プレファブ住宅』(1960)を上梓している。黒川は1958年にモスクワで開かれた第5回世界建築学生会議に出席した後、ソ連、フランス、アメリカのプレファブを視察して執筆した。

カプセル宣言

第一条 カプセルとは、サイボーグアーキテクチュアである。
人間と機械と空間が、対立関係をこえて新しい有機体をつくる。人口内臓をとりつけた人間が、機械でもなく、人間でもない、新しい秩序をつくるように、カプセルは人間と装置をこえる。建築は、これからますます装置化の道をたどるであろう。この精巧な装置は、道具としての装置ではなく、生命型に組み込まれる部分であり、それ自身が目的的存在となる。
第二条 カプセルはホモ・モーベンスのための住まいである。
アメリカでは都市部の住民の転居率・移動率は、年間25%を超えた。わが国でも20%のラインをこえるのは、そう遠いことではない。都市の勢力は、もはや夜間人口でとらえることはできず、夜間人口と昼間人口の差、あるいは24時間の生活時間の軌跡こそ生活の実態を示す指標となるだろう。土地や大邸宅という不動産を人々は次第に欲求しないようになり、より自由に動ける機会と手段をもつことに価値観を見出すだろう。カプセルは建築の土地からの解放であり、動く建築の時代の到来を告げるものである。
第三条 カプセルは多様性社会を志向する。
われわれは個人の自由が最大限に認められる社会選択の可能性の大きい社会をめざす。組織が社会や都市の空間を決定していた時代、システムとしてもインフラストラクチュアが都市の物理的な環境を形成した。生活単位としてのカプセルは個人の個性を表現し、カプセルは組織に対する個人の挑戦であり、画一化に対する個性の反逆である。
第四条 カプセルは個人を中心とする新しい家庭像の確立を目指す。
夫婦を中心とする住宅単位は崩壊し、夫婦・親子といった家庭関係は、個人単位空間のドッキングの状態として表現されるようになるだろう。
第五条 カプセルは故郷としてのメタポリスをもつ。
カプセル相互間のドッキングが家庭であるとすれば、カプセルと社会的共有空間とのドッキングの状態が社会的空間を形成する。宗教空間として、あるいは商業の場としての広場は崩壊し、個人の精神的原点としても公共空間が、新しい故郷としてのメタポリスを形成する。24時間の生活行動が地域的に完結しているという自己完結型のコミュニティーは、消滅しなくてはならない。故郷とは、具体的な日常空間をこえた、精神的領域となるであろう。
第六条 カプセルは、情報社会におけるフィードバック装置である。
場合によっては情報を拒否するための装置である。われわれの社会は、工業社会から、情報社会へ移行する。工業中心型の産業パターンが、知識産業、教育産業、研究産業、出版産業、広告産業、レジャー産業を中心とする情報産業型の産業パターンに変化し、我々はあらゆる多様で大量な情報の洪水のなかで生活することになろう。このような情報過多現象と情報の一方通行から個人の生活を守るためには、フィードバックのメカニズムと情報を凝視するメカニズムを持つことが必要となる。カプセルは情報社会の中で、個人が自立できるための空間なのである。
第七条 カプセルは、プレファブ建築、すなわち工業化建築の究極的な存在である。
建築の工業化は、その生産プロセスが従来の建築産業と絶縁したときに、可能となる。そしてその先導部門となるのは、車両産業であり、航空機産業であり、自動車産業であろう。T型フォードが量産の意味をメタモルフィックに転換したように、カプセルがはじめて建築の工業化の質的転換を可能とするだろう。フォードがムスタングの量産で示したように、カプセルの量産は、規格大量生産方式ではなく、パーツの組み合わせにより、選択的大量生産方式となるだろう。量産は規格化を強要するものではなく、量産による多様性の時代が到来する。
第八条 カプセルは全体性を拒否し、体系的思想を拒否する。
体系的思想の時代は終わった。思想は崩壊し、ことばに分解され、カプセル化される。一つのことば、一つの名前が広がり、変身し、浸透し、刺激し、大きく時代を動かす。建築は部品に分解され、機能単位としてカプセル化される。建築とは、複数のカプセルの時空間的なドッキングの状態として定義されるだろう。
参考文献
黒川紀章『プレファブ住宅』1960年、彰国社
黒川紀章『行動建築論 メタボリズムの美学』 1967年、彰国社
黒川紀章『ホモ・モーベンス―都市と人間の未来』1969年、中央公論社

カプセル建築の系譜 1970 大阪万博 住宅カプセル
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